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最高裁判所第二小法廷 昭和59年(し)20号 決定 1985年4月23日

少年 K・R(昭四二・二・一六生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、判例違反、憲法三一条違反という点を含め、実質はすべて事実誤認の主張であつて、少年法三五条一項の抗告理由に当たらない。

なお、所論にかんがみ職権をもつて調査するに、本件非行事実につき少年が初めて警察官の事情聴取を受けた際の状況を逐一録音したテープの内容を検討してみると、少年は、警察官に迎合したり臆したりするところもなく、極めて自然に本件非行事実を自白しているのみならず、その内容は、概ね客観的事実に符合している上、体験者でなければ供述し得ない事実を含んでいる。少年は、事情聴取開始後いくばくもなく右自白を始めているのであり、その間、本件取消事件の手続において少年が主張しているような、「いくら弁明しても信用してもらえず、警察官の誘導によつて、知らない事実を知つているかのように自白させられた」などという状況は全く認められない。少年は、その後本件逮捕に至る数日間の在宅期間中に、実母及び担任の教諭に対しても、本件非行を認めており、その後の捜査及び家庭裁判所の調査・審判の段階においても一貫してその自白を維持し、本件非行の状況を具体的詳細に供述しているのであつて、これらの事実に照らすと、少年の自白には、任意性があることはもちろん、高度の信用性があると認められる。

そして、少年が事件発生に近接した時刻にその現場の近くを徘徊していたのを第三者が目撃していること、被害者の血痕の始点付近に少年の靴と同種同型で製造特徴及び使用特徴の酷似する足跡が遺留されていること、少年が現場に遺留された兇器と同種同型のナイフを事件の数日前に購入したことを販売店の従業員が確認していることなどは、右自白を補強し、その信用性を高めるものである。

このように、捜査の当初から本件非行を認めてその状況を詳細に供述し、家庭裁判所の調査・審判においてもその自白を維持したまま、少年院に送致されて収容処遇を受けていた少年が、収容後九か月も経過して初めて本件非行を否認するに至り、その供述に基づいて、少年の自宅の押入れの中から本件事件現場に遺留されていた兇器と同種同型のナイフが新たに発見されたというのであるが、もしその供述にいうとおり少年が本件非行を犯していないのなら、どうして捜査又は調査・審判の段階において右新発見にかかるナイフの存在に言及して無実を主張しなかつたか、少年の知能程度を考慮に入れても理解し難いものがあるのみならず、少年が右のごとき否認供述をするに至つたについては、面会者において否認の慫慂ともとれる発言があつたなど、不自然、不透明な状況もうかがわれ、加えて、その後の否認供述の内容には、数々の矛盾、客観的事実との齟齬、あるいは変転が認められ、それらは、新たに発見されたというナイフに関する説明の点を含めて、単なる記憶の混乱とか、質問に対する少年の応対能力の不足等の理由をもつてしては説明し切れない不自然さを示しているのであつて、これらのことにかんがみると、少年の否認供述は、信用に値するものとはいい難い。

所論が少年の供述に基づいてその自宅の押入れから新たに発見したと主張するナイフは、柏市内で多数販売されていていつでも容易にこれを購入し得るものであつて、前記のごとき少年の否認供述の不自然さなどと併せ考えると、右新発見にかかるというナイフが、事件当日少年が携行していたナイフであるとは認め難く、その存在も、本件非行事実の認定を覆すに足りるものではない。

なお、少年の右手の包帯等に返り血が付着していないことが、原決定が推認するように、本件刺突の態様が胸部次いで腕部の二度突きであつたことによるものとすれば、少年の自白する刺突態様と一致しないことになるが、一瞬の間の出来事に関することであつて少年の記憶違いがあることもあながち否定できないところであるから、この点をとらえて少年の自白全体の信用性を否定する事由とはなし難いとした原判断も、格別不合理なものとは認められない。

以上の諸点と本件その余の関係証拠を総合すると、所論指摘の諸点は、いずれも本件確定審判の非行事実の認定を覆すに足りるものとは認め難く、少年法二七条の二第一項にいう少年に対する審判権がなかつたことを認め得る明らかな資料が発見された場合に当たらないと認めるのが相当であつて、これと同旨の原原決定を是認した原決定の結論は正当である。

よつて、少年審判規則五三条一項、五四条、五〇条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 木下忠良 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 大橋 進 裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎)

【参考】原審(東京高 昭五八(く)二三八号 昭五九・一・三〇決定)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、附添人弁護士○○○○作成名義の抗告申立書記載のとおり(編略)であるが、要するに、千葉家庭裁判所松戸支部が少年に対して昭和五六年八月一〇日にした初等少年院送致の決定は取消さないとした原決定には、重大な事実の誤認があるので、これの取消を求める、というのである。

そこで、記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調の結果をも併せて検討する。

一 事件の経過

昭和五六年六月一四日(日曜日)の午後一時過ぎころ、千葉県柏市○○×番××号所在の柏市立○○○小学校(以下、単に「△小」という)校庭において、A子(当時一一歳)が何者かに右胸部等を果物ナイフで刺されて死亡する事件が発生し、所轄の○警察署に捜査本部が設けられて、捜査が開始された。右犯行の直接の目撃者は発見されなかつたが、右犯行時刻ころ少年が△小の校庭で自転車に乗つていたとの事実を探知した捜査本部は、同月二七日午後○警察署に母親B子同道のうえ少年の出頭を求め、J警部補が同日午後一時過ぎころから午後四時過ぎころまで少年から事情を聴取したところ、少年は犯行を認め、その後の母親立会のうえでの取調、翌二八日に行なわれた少年方の捜索、検証、同日の取調においても犯行を認めた。さらに、犯行に使用した果物ナイフは同月七日に自宅付近の□□□店で買つた旨の少年の供述が、A子の右前腕部に刺さつたまま現場に遺留されていた果物ナイフと大きさ、形状、色、銘柄が同一の果物ナイフを少年と思われる者に売つたことがある旨の同店店員の供述により裏づけられたほか、血痕等の状況から見てA子が刺されたと思われる現場付近から採取された足跡のうちの一個と、少年方から押収された少年のスポーツシューズの左靴の製造特徴及び使用特徴が酷似するとの鑑定結果、△小の校庭の花壇と砂場の附近から採取した輪跡二個が少年の自転車の前輪及び後輪のタイヤ痕と類似するとの鑑定結果を得たので、これらの資料をもとに少年に対する逮捕状の発付を受け、同年七月六日少年を逮捕した。その後も少年は、司法警察員の取調、犯行現場における検証の立会、人形を使用しての犯行状況の再現、検察官の取調、千葉家庭裁判所松戸支部における調査、審判を通じて一貫して犯行を認め、同年八月一〇日初等少年院送致決定(以下「本件保護処分決定」という)を受け、右決定は、抗告の申立がなく確定した。

少年は、右決定により神奈川医療少年院に収容されたが、昭和五七年五月二四日、面会に来た母B子に対し始めてA子を殺していない旨を述べ、さらに同月二七日、面会に来た○○○○弁護士と姉C子に対し、□□□で買つた果物ナイフは、自室の押入れの布団包の中に入れてある旨を告げたということで、同日夜、同弁護士が、母B子、姉C子のほか、少年の支援活動を行なつていたD、E、Fを立会人として、少年が使用していた二階洋室の押入れ右上段に紙で包装したまま入れてあつた布団包の中を探したところ、本件兇器と大きさ、形状、色、銘柄が全く同一の果物ナイフが包の下部から発見された。そこで、同弁護士は、果物ナイフ及び布団包を原状に戻したうえ、押入れに封印をし、同月三一日、少年の附添人として千葉家庭裁判所松戸支部に少年法二七条の二に基づき本件保護処分の取消を申立てたが、同支部は、事実取調のうえ、昭和五八年一月二〇日、本件保護処分を取消さない旨の決定をした。

以上の事実が記録により明らかである。

なお、当審においては、事実の取調として、二回にわたり少年から事情を聴取し、少年の母B子を二回、少年の姉C子、少年の担任教師G、附添人○○○○、少年方に前記布団包を販売した「○○」の店員H、本件捜査を指揮した警察官I、少年を取調べた警察官J、少年方を捜索、検証した警察官K及びL、前記足跡等を鑑定したM、布団包から発見された果物ナイフに付着した指紋を鑑定したNをそれぞれ証人として尋問したほか、本件犯行現場を検証し、司法警察員による少年の取調状況を録音した録音テープ八巻、神奈川医療少年院における少年の少年簿及び行動観察記録を取寄せるなどの証拠調を行なつた。

二 本件保護処分決定の事実認定及び証拠関係

本件保護処分決定は、「少年は、昭和五六年六月一四日午後一時ころ、千葉県柏市○○町×番××号所在柏市立○○○小学校の校庭南側砂場付近において、同校南門付近の校庭を通行中のA子(当時一一歳)を認めるや、同女をからかつてやろうと思い、同女を追尾し、その間に右足靴下にはさみ込んでいた所携の刃体の長さ約九・五センチメートルの果物ナイフを後手で背後に隠し持つたうえ、同校第二校舎西側校庭において同女を追い抜いて、同ナイフを示して同女と向き合うや、とつさに殺意を抱き、その場で、手にしていた同ナイフで、同女の右胸部を右前腕部もろとも突き刺し、そのころ、同所付近において、同女を右乳部刺創に基づく心臓損傷による失血により死亡させて殺害した」との非行事実を認定している。

まず、右事実認定の当否を、右決定時における証拠関係に基づいて検討するのに、少年の自白の内容は、おおむね次のとおりである。

すなわち、昭和五六年六月七日ころ□□□店で果物ナイフを五〇〇円で買い、自室のカラーボックスの中に隠して置いた。姉P子と気が合わず、喧嘩し、顔を見るだけでも嫌だつたし、学校に行つても面白くなく、むしやくしやしていた。同月一四日の日曜日午前一〇時ころ、果物ナイフを右足の靴下に差し、自転車に乗つて遊びに出た。午前一一時過ぎころ、△小に行き、校庭やマラソンコースで自転車を乗り回していたところ、正門付近で小学校当時の友人Qが二人の女子と一緒に歩いてくるのと擦れ違い、挨拶した。それからマラソンコースを一周し、南門から校庭に入つたところ、サッカーゴール付近で再びQらと会い、砂場付近で子供が遊ぶのを見ていたところ、南門から女の子が入つて来て、マラソンコースを西門の方に歩いて行つた。からかつてやろうと思い、自転車を校庭の信号機の付近に止め、早足で女の子を追いかけ、途中靴下に差したナイフを抜いて右手で背中の方に隠すようにして持ち、女の子を追い抜くや、右前からいきなり果物ナイフで一回刺した。右腕と右胸付近を一緒に刺し、抜こうと思つて引つ張つたが、抜けないので、果物ナイフをそのままにして、マラソンコースを信号機の方に戻り、自転車に乗つて東門から逃げた。女の子は、声も出さずに西門の方に行つたが、倒れるのは見ていない。当時怪我をして右手に包帯を巻いていたが、返り血はつかなかつた。女の子は、右手に傘、左手に小さな布製バッグを持ち、下はスカート、上は半袖の洋服で、運動靴を履いていた。午後五時過ぎに帰宅し、包帯を洗濯機の所に置き、果物ナイフの鞘は自室の屑籠に捨てた、というのである。

右自白は、本件保護処分決定が認定した非行事実にそうものであるが、少年が△小の校庭においてQらと会つたこと及び□□□店において本件兇器と大きさ、形状、色、銘柄が同一の果物ナイフを五〇〇円で買つたことは、他の関係証拠に照らして動かしがたいところであり、右自白は、前記のとおりの足跡及び輪跡の鑑定結果によつても裏付けられている。ことに、A子が刺されたと思われる現場付近から採取された右足跡が、少年の靴と製造特徴及び使用特徴が酷似するとの鑑定結果は、本件において極めて重要な証拠というべきである。

しかも、少年は、司法警察員に対し犯行を認めて以来家庭裁判所の調査、審判に至るまで一貫して事実を認めていたのみならず、右審判において始めて、A子の顔を見たとたん仲の悪い姉P子に見えたので刺してしまつた旨のそれまで必らずしも明確でなかつた犯行の直接の動機について供述し、その間、母B子に対しても、当初自白した日の夜心配して少年方を訪ねるなどしたクラス担任のG教諭に対しても、さらには附添人として選任された○○○○弁護士に対しても犯行を否定する態度を全く示していないのであつて、これらの点に照らせば、少年がA子を刺したという自白の信憑性は極めて高いといわなければならない。

そして、少年の自白内容を仔細に検討しても、その自白が虚偽であるとの疑いを抱かせるほどの不自然、不合理な点を見出すことはできない。

以上のとおりであつて、本件保護処分決定がなされた当時の証拠資料によれば、少年がA子を刺したことについて合理的な疑いを入れる余地は全くなく、右決定が前記の非行事実を認定したのは当然というべきである。

三 布団包内の果物ナイフの証拠価値

そこで本件については、前記のとおり、その後布団包内から本件兇器と大きさ、形状、色、銘柄が同一の果物ナイフが発見されており、所論はそのことをもつて、少年が本件を行なつていないことの有力な証拠である旨主張するので、右果物ナイフの証拠価値について検討を加える。

前記のとおり少年が犯行を否定したのちの少年の供述によれば、本件当日、さきに□□□店で買つて自室のカラーボックス内に隠して置いた果物ナイフを右足の靴下に差して△小の校庭に行つたことはあるが、A子を刺したことはない、帰宅後果物ナイフを押入れの布団包の中に包装した紙の合わせ目の隙間から入れ、その後これを取出したことはない、というのである。そして、○○○○弁護士が少年の告白に基づいて昭和五七年五月二七日少年の部屋の押入れ内の布団包を探したところ、本件兇器と大きさ、形状、色、銘柄が全く同一の果物ナイフが布団包の下部にあるのを発見したという経緯は、さきに認定したとおりである。

ところで、昭和五六年六月二八日に少年方の捜索、検証を行なつた警察官R、同K、同Lの原審又は当審における証言によれば、右捜索、検証の際、捜査員は、前記布団包を押入れから出して床に降ろし、紐をほどき、包装紙を開いて中を調べたが、布団以外には何も入つていなかつたので、元のとおりに包装し、紐で縛つて押入れに戻した、というのである。これに対し、右捜索、検証に立会つた少年及び母B子は、警察官が右の布団包を開いたことはない旨を供述している。

少年がその供述するとおり果物ナイフを布団包に入れ、かつ、捜査員がその証言するとおり布団包を開いたとするならば、捜査の際に布団包内の果物ナイフが当然発見されたはずである。ところで、本件については当初捜査は難航し、捜査本部も犯人の割出し、裏付けに相当の力を注いでいたことが窺われる。したがつて、少年方から犯行現場に遺留された果物ナイフの鞘や血痕の付着した包帯等が発見されれば、少年の犯行を証明する極めて有力な証拠となるのであり、右の捜索もこれらの証拠物の発見を目的としていたと認められるのであるから、鞘は屑籠に捨てた、返り血はつかなかつたと少年が供述していたとはいつても、捜査の経緯にかんがみ、少年方を捜索した捜査員は、右の証拠品の有無を確かめるために、とくに少年の部屋については、入念な捜索を行なつたであろうと推認できるのであり、たとえ、買つた当時のままで開いた形跡のない布団包であつたとしても、その内部を調べるとか、少なくとも布団包を押入れから出し、外側から触れて調べる程度のことはしたと考えるのが自然ではあるが、右捜索、検証の際の捜索差押調書、検証調書には、検証調書添付の写真に押入れ内の右布団包が写つているのみで、布団包に関する記載が全くないうえに、右各警察官の証言にも、押入れ上段の布団包を開いたというのに、下段にもあつたと思われる同様の布団包については記憶がない、というなど納得しかねる点があり、捜査員が右捜索の際に布団包を開いて中を調べたと断定することには、いささかちゆうちよを感じざるを得ないのである。

他方、関係証拠により認められる布団包の包装状況から考えると、少年が供述するように、果物ナイフを包装紙の合わせ目の隙間から入れれば、その後これを取出すためには、ガムテープを剥がして手を中に突つ込むなど、包装紙が破れかねない方法によらざるを得ないのであつて、右の布団包は、果物ナイフをしまう場所としては不適当な場所と認めざるを得ない。それのみならず、少年も、必らずしも明確ではないところもあるが、ほぼ一貫して、果物ナイフを買つてから本件当日までは、自室のカラーボックス内に入れて置いたと述べているのであり、本件当日これを持ち出して△小に赴き、帰宅した後、今度は何故それまでとは異なつた布団包の中という、再度取出しにくい場所にこれを入れたのか、その理由について説明することができない。また、少年は、前記捜索の際、布団包内の果物ナイフについて捜査員に何も告げなかつたのは、これを発見されれば、自分の無実がわかるとは思わず、「何でこれを持つているか、余計怪しまれると思つた」旨供述しているが、少年の知能の程度を考慮に入れても、これまた合理的な理由とはいいがたいものである。

なお、原審において取調べた千葉県警察本部刑事部鑑識課技術吏員N作成の鑑定書によれば、布団包内から発見された果物ナイフの刃部右側面中央部及び左側面基部に指紋の付着を認め、右側面中央部に付着した指紋は、少年の右手中指指紋に類似する、というのであるが、右鑑定書及び同人の当審証言によれば、右果物ナイフに付着した指紋は面積が小さいため、少年の右手中指指紋と類似する五個の特徴点を指摘できるにとどまり、特徴点が少ないので同一指紋と断定することはできず、人によつては鑑定不能という人もいる、というのであり、その程度の指紋がついていたとしても、右果物ナイフを少年が本件当時所持していた果物ナイフであると認めるには不十分というべきである。

結局、少年が本件当日果物ナイフを前記布団包に入れたとの供述については、疑わしい点が多く、本件兇器と大きさ、形状、色、銘柄が全く同一の右果物ナイフが後日少年の自室内から発見されたからといつて、それだけで直ちに少年の自白が虚偽であるとすることはできない。

四 少年の自白の信用性

そこで本件保護処分決定がなされた当時の証拠資料のほか、その取消が申立てられたのちの事実取調の結果をも加えて、なおかつ少年の自白が信用できるか否かをあらためて検討する。

司法警察員による少年の取調状況を録音した録音テープによれば、少年は、取調に対し、当初本件当日△小の校庭に行つたことを認めながら、犯行時刻ころ校庭で友人と会つたことは否定していたところ、Qらと会つた事実を問い詰められ、遂に犯行を認めるに至つたもので、その間威圧的な取調が行なわれた形跡は全くなく、その後も沈黙しがちではあるが、A子を刺したことを前提とする質問に素直に答え、A子の所持品、着衣等を誘導によらずに供述しているうえに、A子が声を出さなかつた、果物ナイフは腕だけに刺さつたように思つた、A子が倒れるのは見ていない、手の包帯には血がつかなかつた、など犯人でなければ述べ得ないと思われる旨の供述をしているのであつて、その供述態度等に虚偽の自白を窺わせるものは存在しない。

所論は、A子の死体を解剖した千葉大学医学部T教授作成の昭和五七年八月二四日付死体解剖鑑定書及び同教授の原審証言を根拠として、少年がその供述するようにA子の腕と胸を一回で刺したとすれば、腕からの出血により少なくとも右手の包帯には血がついたはずであるし、また傷の状態から見て刺した回数も二回ないし三回と認められるのであるから、少年の自白は、これらの客観的状況と矛盾し、信用できない旨主張する。なるほど、前記死体解剖鑑定書、T教授の原審証言を始めとする関係証拠によれば、A子の右前腕部からの出血は少なかつたと認められ、これは、まず心臓部を刺されて大出血し、血圧が低下したのちに前腕部を刺されたからであると推認するのが相当であるので、これによれば、犯人は、まず右胸部を刺し、次いで右前腕部を刺したもので、少なくともA子を二回刺したと認めるのが自然であり、そのほうが、本件兇器の果物ナイフの柄から血液が検出されていないことや、少年の右手の包帯にも血がつかなかつた旨の少年の自白とも符合する。したがつて、A子を刺したのは一回で、腕を通して胸にも刺さつたという部分の少年の自白は、右認定と合致しないものではあるが、一瞬の間の出来事に関する供述であるから、記憶の混乱も考えられるところであつて、あながち不自然、不合理ということはできず、むしろ少年の無理のない供述のあらわれともみられるので、この点だけをとらえて、少年の自白すべてが信用できないとすることは相当でない。また、A子の傷の状況と着衣の状況から見て、胸からの出血は着衣にさえぎられて外部には噴出せず、腕からの出血は少なかつたことに照らせば、少年の包帯に返り血がつかなかつたのは格別不自然なこととはいえない。

なお、附添人が昭和五八年六月一五日付再抗告申立補充書の中でふれているいわゆるアリバイについても一応検討してみるのに、証拠により確定できる時刻は、A子の死体が発見されて一一九番通報されたのが午後一時八分ということのみであり、QらがO駅において女性の友人と会つた正確な時刻、Sが正門付近で少年とQらを目撃した正確な時刻は証拠上必らずしも十分に特定されているとはいいがたいのであるから、所論の事実をもつていわゆるアリバイが成立するものとは認められない。また少年が右ききであることは、当審における事実取調の際少年自身が認めるところであり、証拠上明らかである。

このように少年の自白には、前記のように刺した回数などについて一部真実に反する点があるのではないかとの疑問はあるにしても、以上に説示した自白の経緯、内容等を総合して検討すれば、その大筋においてなお十分信用するに足るものと認められる。

これに対し、少年の当審及び原審の否認供述をつきつめれば、少年が果物ナイフを携帯して△小の校庭にいたのと同時刻ころに、これと全く同一の大きさ、形状、色、銘柄の果物ナイフを持つた別の者が同じ校庭にいて、A子を刺したということになり、しかも少年のスポーツシューズと製造特徴及び使用特徴のともに酷似する靴を履いた者が、A子の刺された付近に足跡を残したということになるのであつて、これは偶然の一致として看過するには余りにも不自然であり、通常考えられないほどの極めて特異な出来ごとというほかなく、少年の否認供述の信用性には大きな疑問を抱かざるを得ない。

少年は、さきに認定したとおり、犯行を認め続け、母B子を始めとし、G教諭や○○○○弁護士にも犯行を否認しなかつた理由について、人が信用できなかつたからだなどと理解に苦しむ供述をし、さらに、犯行を否定するに至つた理由については、少年院を一年位で出られると思つていたのに、職員から二年位いなければならないといわれたこと、母B子から、A子の遺族に支払う金を作るために家を売らなければならないといわれてショックを受け、母から「本当のことをいつてくれ」といわれたことを挙げている。

しかしながら、本件保護処分決定は、抗告もなく確定し、附添人であつた○○○○弁護士はもとよりのこと、家族の者にとつても、少年が人を殺したとは思えないという家族としての心情を除いては、少年の犯行を疑うべき特段の根拠や状況は全くなかつたと認められるところ、関係証拠によれば、昭和五七年五月九日、少年の支援活動を行なつていたFが母B子とともに少年院を訪れ、少年と面会した際、何故かそのとき急に殺人をやつていなければやつていないといわなければ駄目である旨犯行を否定することを暗に勧めるような話をしたことや、A子の遺族から提起されていた損害賠償請求事件について、土地建物を売却して資金を調達し、裁判上の和解をするにあたり、少年が犯人であることを最終的に確認するために同月二四日、母B子が少年と面会した際、事情を説明されて面会時間終了間際に、少年が犯行を否定するに至つたことが明らかであつて、これらの経緯に徴すれば、少年院から早く出たいとの心情に加えて、住んでいた家に対する愛着から、事実に反する否認供述をするに至つたのではないかとも思われる。

このようにみてくると、前記布団包内の果物ナイフを含めて本件における全証拠を仔細に検討し、所論指摘の点を考慮してもなお、A子を果物ナイフで刺した旨の少年の自白の信用性を覆えすには足りず、むしろ右布団包内の果物ナイフは何らかの工作によるものと考える余地もあるのである。

五 結論

以上詳細に説示したとおり、少年の自白は大筋において信用できるものであつて、前述のようにこれを裏付ける証拠も存在し、その信用性は極めて高いものであるから、少年院収容後九か月余り経過して犯行を否定したこと、さきに認定したとおり、少年の自室押入れ内の布団包内から本件兇器と大きさ、形状、色、銘柄が同一の果物ナイフが現われたことなど本件保護処分決定確定後の新たな証拠資料を仔細に検討しても、これをもつてすでに確定した少年に対する本件保護処分決定の非行事実の認定を覆えすには足りず、これらは本件非行事実がなかつたこと、ひいては少年に対する審判権がなかつたことを認めることが明らかな資料にはあたらない、というべきである。

よつて、本件保護処分決定を取消さない旨の原決定は相当であり、本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項後段によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石田穰一 裁判官 神垣英郎 裁判官 原田國男)

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